川崎市の様々な遺品整理体験などの感想をまとめました

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今回は下記に川崎市の様々な遺品整理体験などの感想をまとめました

川崎市の遺品整理に伴う片付けの感想・1

世の中には、さまざまな仕事があります。
子供の頃、何になりたいかと聞かれたとき、お花屋さんやケーキ屋さんなど、知っている職業は限られていたため、その中で答えるしかありませんでした。
しかし、大人になってからも、知らない職業はたくさんあるのだと思いました。

最近初めて知った職業といえば、遺品整理士でしょうか。
その名の通り、遺品整理に携わる仕事なのですが、先日祖母が亡くなった際、この職業を知ったのです。
葬儀や一周忌などはこれまで、親類のものに参列したことがありましたが、身近な人間が亡くなって、遺品整理というものをしなければならないことを両親に教えられました。

とはいえ、私だけでなく両親も遺品整理をしたことがなかったので、プロである遺品整理士さんにお手伝いいただくことにしたのです。
我が家のように、発見が早い故人の部屋はそう大変ではないそうですが、時には何日も見つけてもらえなかった方の遺品整理を任されることもあるそうです。
私はお話を聞いて大変そうだと思ったのですが、とてもやりがいのある仕事だと答えてくれました。

きっと、私の知らない職業はほかにもたくさんあるのでしょう。
自分のしたいことを見つけるには、知ることが何より大切なのかもしれません。

川崎市の遺品整理に関する色々な感想・2

最近、幸せってなんだろうなんて哲学的なことを考えることがあります。
お金があること、愛する人がいること、仕事にやりがいを感じること…。
その形は人によってさまざまでしょう。

先日亡くなった祖母の夢は、「ひ孫を見ること」でした。
その夢を、私は叶えてやることができました。
祖母は小さいひ孫を抱いて、「幸せだ」と言ってくれたのです。
その言葉は、私にとってもとても嬉しいものでした。

祖母が亡くなり、家族みんなで遺品整理をすることになったのですが、その時、私があげた子供たちの写真を、私や母の子供の頃の写真と並べてアルバムに貼ってあるものを見つけました。
その姿は良く似ていて、母と顔を見合わせたものです。

正直、祖母の遺品整理に私は参加したくありませんでした。
祖母の気配が消えていってしまうようで、心が苦しかったのです。
しかし、今では一緒に遺品整理ができて良かったと思っています。
祖母が幸せだったことを知ることができましたし、私自身の心の整理にもなりました。

いつか、私も死ぬときは、遺品整理をしてくれた親族に、「幸せだったんだ」と思われるものを残したいです。
アルバムは私がもらうことになりました。
そこに、祖母の写真も一緒に入れようと思います。

川崎市の遺品整理関連で見た様々な感想・3

父が亡くなった際、遺品整理をしなくてはならなかったのですが、これがなかなか大変な作業でした。
物を仕分けるのも大変ですが、何より電化製品類です。
型が古いのでリサイクルショップからはいらないと言われてしまいましたし、粗大ごみに出すのにもお金がかかります。
遺品整理は、引っ越しよりもずっと手間がかかるかもしれません。

また、思い出の品が多く、処分できないという事態にも陥りました。
自分が着るわけでもないのに、父のTシャツを捨てられなかったり、いつもつけていた古ぼけた時計を兄弟で取り合ったり。
そのため、作業はなかなか進まず、みんなの休みを合わせる関係もあったので、結局ひと月もかかってしまいました。

大家さんが了承してくれたため、ゆっくりさせていただいてしまいましたが、多くの場合、できるだけ早くと言われてしまうようですね。
友人も、お母様が亡くなった際、遺品整理を急ぐように管理会社から催促されたのだとか。
彼女は自分では対応しきれないと判断し、業者の方に手伝ってもらったのだと言います。
最近はそんなことを請け負ってくれる会社もあるのですね。
結果、お願いしてよかったと言っていました。

私たちも、期限が近ければ業者に依頼していたかもしれません。
今後、同じようなケースがあった場合、彼女の依頼先にお願いしてみようかと思います。

川崎市の遺品整理行った上での感想・4

親より先に逝く子供は親不孝だとよく言われます。
父も母も、親不孝でした。
母は私が幼いころ、父は私が中学の頃、自分の両親より先に旅立ってしまいました。

両親がいないことは、私にとってとてもコンプレックスでした。
幸い、叔父と叔母が私のためによくしてくれましたので、寂しいと枕を濡らすことは少なかったのですが、それでもやはり、そこまで私は強くなかったように思います。

そんな私にも、家族ができました。
一人っ子が寂しかったので、子供も三人産みました。
近々、父と叔父と暮らした家を譲りうけることになっています。
父が死んでから、父の部屋は当時のまま何も手を付けていませんでした。
しかし、この機会に遺品整理を行うことにしたのです。

長い年月が空いてしまった遺品整理には、丸3日かかってしまいました。
もっと悲しい気持ちになるかと思っていましたが、父を懐かしく想うことができました。
そこで、父が母に送った婚約指輪を見つけました。
つい、自分の指にはめてしまったのですが、両親が見ているような気がして、恥ずかしくなってしまいました。

今、父の遺品整理ができたことはとてもよかったことに思えます。
思い出の詰まったあの家で暮らせること、とても楽しみです。
夫もあの家を気に入ってくれるといいな、と思っています。

川崎市の遺品整理に伴う様々な作業の感想・5

家族は多いほうがいいというのは、祖父の口癖でした。
祖父はその時代には珍しく、一人っ子だったのだそうです。
うちも割と裕福だったようで、何不自由なく育てられたそうですが、お母さんの体が弱く、兄弟に恵まれなかったのだとか。
そんな祖父は8人子供をもうけ、家族はいいと、何かの集まりの度に言っていました。

祖父が亡くなり、少し落ち着いたころ、家族総出で遺品整理をすることになりました。
各々、形見になるものを手に取り、それ以外は処分しなくてはならなかったのですが、これがなかなか進みません。
手にするもの手にするもの、いちいち思い出があり、父やおじ、おばたちの手が止まるのです。

しかし、こういう和やかな遺品整理は良いものだと感じました。
人は亡くなっても、この世から消滅するのではないのかもしれません。
誰かの心に住んでいて、ちょっとしたきっかけで呼び戻される。
形見や遺品整理はそういった意味でとても大切なものなのでしょう。
父の兄弟はみんな、そのことを感じていたようです。
泣きながらも、笑顔の見られたその光景は、私は葬儀よりも印象に残っています。

父は、自分が亡くなったときも、兄弟みんなで遺品整理をしてくれと、今から私たちに言います。
少し気が早い気もしますが、その約束は守りたいものです。

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