秦野市の遺品整理などの様々な意見と感想をまとめました

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今回は下記に秦野市の遺品整理などの様々な意見と感想をまとめました

秦野市の遺品整理に伴う片付けの感想・1

この間の日曜日、家族総出でようやく祖母の遺品整理が終わりました。
遺品整理をしたのは今回が初めてだったのですが、なかなか大変なものですね。
自分の物ではないのですぐに処分できるかと思えばむしろ逆で、これも取っておくべきか、あれはどうしようといちいち家族会議が開かれたほどです。
作業に丸一か月かかったのも頷けます。

家電の処理にも困りました。
新しいものはリサイクルショップに持っていったのですが、もう何十年んも前のミシンや電子レンジは引き取ってもらえず。
かといって使う人間がいないため、ゴミとして処分することになったのですが、ゴミとして出すのも一苦労で。
遺品整理というのは引っ越し並みに大変な作業でした。

でも、良いこともありました。
祖母が使っていた万年筆を形見にいただくことになったり、母や祖母の若いころの写真を目にすることができたり。
大変な作業ではありましたが、関わることができて良かったと思っています。

これから私はいろんな人の死に出会うのでしょう。
悲しいことではありますが、それを乗り越えるにも一つの試練なのかもしれません。
遺品整理はその試練を乗り越えるためにも、大切な作業なのではないでしょうか。
今回遺品整理を経験し、そんな風に思いました。

秦野市の遺品整理に関する色々な感想・2

結構歳を重ねたなと、30歳を迎えたときに思いましたが、90歳を超えて亡くなった祖母からしてみれば、きっとまだまだなのでしょうね。
祖母は90を過ぎても、頭も体もしっかりした人でした。
耳だけは少し遠くなっていましたが、出かけるのも好きで、マミーカートを押しながらどこまでも行ってしまうような人でした。

そんな祖母が亡くなり、母はしばらく、なんだか気が抜けたようでした。
姑と嫁という関係だった祖母と母。
決して仲がいいようには思えませんでしたが、きっと母は母なりに祖母を大切に想っていたのかもしれません。

祖母が亡くなってからも、祖母の部屋はしばらくそのままになっていました。
しかし先日、一周忌の時に、母が突然遺品整理をしようと言い出したのです。
私と叔母、それから父も、その現場に駆り出されました。
少し面倒だと思っていた遺品整理ですが、初めてみると祖母の面影を感じることができました。

まだ、遺品整理は完璧には終わっていません。
しかし、やってよかったなぁと思います。
祖母に会えたような気がしましたし、心の整理もだいぶできたように思います。
もちろん、時間が解決した部分もあるのでしょうが。
また遺品整理をしようと、きっと母は言うでしょう。
その時は進んで手伝おうと思っています。

秦野市の遺品整理関連で見た様々な感想・3

父が亡くなって、そろそろ3年になります。
雨に日に思い出されるのは父の葬儀のこと、そして遺品整理の日のことです。
しとしとと冷たい雨の降る中、父の葬儀には本当にたくさんの人が集まってくれました。
もちろん、義理で参列してくださった方もいたでしょうが、葬儀に集まってくれた人が多ければ多いほど、慕われていたなんてよく言います。
ですから、私も妹も、悲しいながらも嬉しい気持ちがありました。

父の部屋の遺品整理を行った日も、やっぱり雨でした。
妹と、お父さんはきっと雨男だったのねなんて笑っていたことを思い出します。
結局、その日だけでは遺品整理は終わりませんでした。
何しろ30年、済み続けた部屋です。
物が多いのは覚悟していましたが、それは想像以上でした。

想い出の品物が多かったことも、一日で遺品整理が終わらなかった理由の一つかもしれません。
父のはしゃぐ姿が写った家族旅行の写真は、妹と今でも時々引っ張りだしてきては懐かしんでいます。

まだ3年、しかしもう3年です。
最近では雨が降っても、葬儀や遺品整理の日のことを思い出す回数が減った気がします。
なんだか申し訳ない気分でしたが、それは悲しみを乗り越えるためにきっと必要なことなのでしょうね。
それでも時々は、父のことを思い出そうと思います。

秦野市の遺品整理行った上での感想・4

念願かなって、最近私はネイリストの試験に合格しました。
初めてネイリストに憧れたのは、ブライダルフェアで自分の指にネイルをしてもらったとき、素敵な職業だと思い、勉強を始めたのです。
学校にも通い、今はネイリストとして働ける環境を探しているところです。

そんな私より少し早く、自分の夢を叶えた友人がいます。
彼はお父様の遺品整理をしてくれた方のように、感謝される仕事がしたいと遺品整理士になりました。
恥ずかしながら、彼が遺品整理士を目指していると言った時、私には何のことか分かりませんでした。
遺品整理という言葉が聞きなれないものだったのです。

彼の話を聞き、遺品整理という作業について少しわかったように思います。
故人の品物には心が宿っていると言った彼の言葉が特に印象的でした。
大変そうだけれどやりがいのある仕事だということが伝わってきました。
特に、お礼を言われたときなどは当時彼のお父様の遺品整理をしてくれた方のことを思い出すのだそうです。

世の中には本当にさまざまな仕事があります。
しかし、どんな仕事も人に必要とされてする仕事はきっとやりがいを感じるものでしょう。
私も彼のように頑張りたいと思います。
まずは就職先を見つけなくては…!

秦野市の遺品整理に伴う様々な作業の感想・5

今週の金曜日で、母が亡くなってちょうど5年になります。
もうそんなに日が経つにも関わらず、ときどき母を思い出しては涙することが未だにあります。
母に会いたいです。

そんなとき、私は母の形見にともらった手鏡を見ることにしています。
その手鏡は、母の遺品整理の時に見つけました。
いつも身綺麗にしていた母。
その手鏡を見たとき、母の「もう少し女の子らしくしなさい」とよく口にしていた言葉を思い出しました。

ほかにも、遺品整理で見つけたものには母の昔着ていたワンピースや、所々破れたシャツなどもありました。
物保ちのいい母でしたが、まさかそんなシャツまで取ってあるなんて思いものしませんでしたので、思わず笑ってしまいました。

母の遺品整理を行うまで、2年近い時間が私たち家族には必要でした。
遺品整理をしようと決めたときも、本当は心が重いままでした。
しかし、今ではあの時やってよかったと思います。
私たち家族の心も一緒に整理された気分でした。

母のような女性らしい女性にはまだなれていませんが、少しずつ女性らしさも勉強しています。
最近はメイクも覚え、スカートも履いています。
まだまだ違和感はありますが、頑張っているつもりです。
いつか、手鏡の似合う女性になれたらいいな。
きっと、母も期待を込めて私を見ていることでしょう。

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