国分寺市の遺品整理などの様々な意見と感想をまとめました

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今回は下記に国分寺市の遺品整理などの様々な意見と感想をまとめました

国分寺市の遺品整理に伴う片付けの感想・1

一人っ子だった私が姉のように慕っていた叔母が、先日この世を去りました。
突然の事故で、母も私も動転し、取り乱してしまいました。
唯一の肉親だった母が喪主を務め、どうにか告別式は終えることができたのですが…。
それからが問題でした。

一人暮らしだった叔母には彼がいたので、一緒に遺品整理をすることになったのですが、何をどうしたらいいのやら。
5日間母と私と彼が交代で部屋を訪れ、できるだけのことはしたのですが、処分しきれないものはとりあえず我が家に運ぶことにしました。
部屋を早く明け渡す必要があったため、悲しみに暮れている暇もなかったのです。

彼は思い出の品をあれこれ持って帰ったようですが、洋服はさすがに全部持ち帰るわけにはいきません。
彼もまだ若いので、いつか新しい恋をしてもらいたいですし、そのためにはいつまでも叔母のことを引きずっていてはいけないと思います。
まだ日が浅いので、簡単に心を切り替えることはできないかもしれませんが。

叔母の服の趣味は私も好きなのですが、私よりだいぶ小柄なため、入る服はほとんどなく、私が引き取るというわけにはいきませんでした。
とりあえず部屋は明け渡すことができたので、遺品整理の続きはゆっくり時間をかけてやろうと思います。
遺品整理が綺麗に終わるころ、私たちの心も整理されていると良いなと思います。

国分寺市の遺品整理に関する色々な感想・2

日本人の平均寿命は80歳を超えていますから、私はまだ寿命の半分も生きていないことになります。
一方、先日亡くなった祖母は、100歳を2年も超えていました。
体は不自由になっていましたし、耳も少し遠くなっていましたが、それでも最後までしっかりしていたように思います。

祖母が住んでいたのは実家の離れで、お風呂と夕食以外はそこで過ごしていました。
そろそろ落ち着いてきたので、みんなで遺品整理をしようという話が持ち上がっています。

祖母は物を溜めこむ人でした。
そのため、祖母の寝室はたくさんの物が積み上げられ、寝るスペースは本当に限られています。
遺品整理の下見にきた叔母は、ため息をついていました。
これをみんなどうにかしなければならないのかと思うと、私も頭が痛いような気がしました。

とはいえ、いつまでもこのままにしておくわけにはいきません。
特に歳の離れた弟は、人一倍張り切っているようです。
遺品整理が無事に終わったら、祖母が使っていた離れを自分の部屋にしてもいいと言われているためでしょう。
年頃の男の子にとって、親の目の届かない自分の部屋というのは憧れが強いようです。

きっと、一日では遺品整理は終わらないような気がしますが、みんなでできるところまでやってみようと思います。

国分寺市の遺品整理関連で見た様々な感想・3

兄が難病で亡くなって、そろそろ2年になります。
明るくて友人が多く、妹思いだった優しい兄。
子供のころから病気がちで、大人になっても長くは生きられないと言われながらも元気に過ごしていたため、兄が亡くなったことは未だに信じられません。

しかし、心の片隅で家族みんな覚悟ができていたため、ふさぎ込んでしまうという期間がそれほど長くなかった気がします。
何より、家族が大好きだった兄が、私たちが悲しむことを望まないだろうと思ったのです。

兄の部屋は、長い間そのままになっていました。
しかし、いつまでも部屋を残しておいても兄に会えるわけではないので、遺品整理を始めることにしました。

兄の友人にも何か形見になるものがあればと声をかけると、特に仲の良かった二人が来て、遺品整理を手伝ってくれました。
思い出の品を手にしながら当時のことを笑顔で話してくれる二人には、私たち家族も胸がいっぱいになりました。
良い友達を持ったものです。

時間は優しいけれど残酷ですね。
辛い気持ちを和らげることができるため、大切なものでもありますが時間が経てば記憶が薄らいでしまうのですから。

二人のおかげでだいぶ遺品整理は進みましたが、まだ終わりそうにはありません。
時間をかけてゆっくりやりたいと思います。

国分寺市の遺品整理行った上での感想・4

しっかり者でちょっとおっちょこちょいだった母が逝ってしまってから、もうどれくらいが経ったでしょう?父を早くに亡くしたため、母は私と妹を女手一つで育ててくれました。
親になったとき、私は初めて母の偉大さに気づいたように思います。
夫婦二人で一人の子供を育てるのも大変なのに、子供を二人も、それも一人で育てた母には本当に頭が下がります。

なんでもちゃんとしたい性格だった母は、亡くなってからもしっかり者でした。
葬儀屋さんの手配は生きている間に済ませていましたし、遺品整理に手間取らなくていいよう、余計なものはみんな処分していたようです。
私たちに持って行ってほしいものは名前が書かれた段ボールに入れられ、押し入れにしまわれていました。

洋服も本当に必要最低限しか残っておらず、大好きだった着物も人に譲ったりリサイクルショップに出したりして、一枚も残っていませんでした。
私たち姉妹のどちらかが着物をたしなんでいれば、母の物を引き継ぐことができたのにと思うと、少し悔やまれます。

遺品整理くらい、私たちでやったのにねと、妹と話すことがあります。
しかし、実際ものが多い故人の遺品整理は大変なものだといいます。
物が多かったという祖母の遺品整理を経験した母だからこそ、生前整理をすることができたのかもしれません。
いつか、私も自分の死期が近づいたときには、母を見習い生前整理をしておこうと思っています。

国分寺市の遺品整理に伴う様々な作業の感想・5

義母が亡くなって、そろそろ半年になります。
同居を始めたのは2年前のことでした。
ようやく生活にも慣れてきたときだったので、義母の死は私も少なからずショックを受けました。
主人は特にその想いが強かったようです。
これから親孝行を、と思っていたようでしたから。

とはいえ、悲しんでばかりもいられません。
私たち生きているものには生活があります。
できれば義母の部屋の遺品整理を行いたいのですが、主人はなかなか首を縦に振ってくれません。

義母の遺品整理は俺がやるなんて言っているのですが、自分の洋服も片付けられない人が何を言っているのでしょう?きっと義母の物が亡くなってしまうのが寂しいのだろうとは思うのですが、広いとは言えない家の一部屋が使っていないのにも関わらず物置のような状態で置かれているのはもったいないことです。

特に、情はあっても血のつながりのない私のようなものが遺品整理をしたほうが、絶対にはかどると思うのです。
しかし、主人の気持ちも汲んであげるべきなのでしょうね。
すぐに遺品整理を済ませることは難しそうですが、気長に主人を説得しながら、少しずつ進めていきたいと思います。

当面の目標は、祖母がため込んだ使わない保存容器を処分することでしょうか。
台所事情は主人には分からないでしょうから、そっと処分してしまうつもりです。

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