八王子市の遺品整理の色々な感想をまとめてみました。

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八王子市の遺品整理について色々な感想を募集し、まとめてみました。

八王子市にお住いの遺品整理経験者の感想

昨年、娘の出産を経験し、命について初めて深く考えました。自分もこうやって生まれ、様々な人に愛を注いでもらっていたのだと思うと、母の偉大さがようやく分かった気がします。そんな矢先、祖母が天国へ旅立ってしまいました。初ひ孫を抱かせてあげられたことが、これまでの中でも一番大きなおばあちゃん孝行だったかもしれません。

祖母は小さなアパートに一人で暮らしていました。母は祖母の一人娘で、私と妹は祖母にとって二人きりの孫です。それはそれは甘やかしてもらい、よく母がため息をついていました。そんな大好きな祖母との別れは、覚悟をしていたとはいえ、やはり悲しいものでした。

特につらかったことは、祖母の住んでいた部屋を引き払わねばならなかったときです。何度も通ったアパートには、まだ祖母の温かさが残っている気がして、遺品整理する気にはなれませんでした。しかし、いつまでもそのままにしておくわけにはいかず、母と妹と三人で、一週間以上かけて部屋を片付けました。

何度も手を止め、思い出に浸り、祖母を想って泣きました。とても大変な作業で、心身共に憔悴してしまいましたが、無事に遺品整理を終えることができて良かったと思います。

いつか、母も私も死ぬ時が来るのでしょう。その時は、今はまだ小さい娘を悲しませてしまうかもしれません。しかし、これは自然の摂理で仕方のないことです。後悔した生き方をしないようにしようと、祖母の死を経験して改めて思いました。

八王子市で父親の遺品整理を行った方の感想

まだけして長くはない人生ですが、これまでに何度も後悔して生きてきました。あの時ああしていれば、もっとこうしていればと思うことは、毎日のようにあります。

父が一人で亡くなった時、私はこれまでの人生で最も後悔したかもしれません。どうしてそばにいてあげられなかったのか、なぜもっと早く気づかなかったのか。数年たった今でも、その自責の念は消えることがありません。

父が住んでいた実家は、長い間そのままにしていました。兄弟で時々訪れては掃除をしたり、父を偲んだりしたものです。

先日、弟が結婚することになり、実家に入ると言い出しました。今ある家に住むのか、それとも建て替えるのかはまだわかりませんが、父の持ち物をそのままにしておくわけにはいかなくなり、重い腰をあげてようやく遺品整理をすることになったのです。

数年ぶりに見る父の使っていたものに触れるたび、遺品整理を始めて良かったと思いました。同時に、悲しみもこみあげてきて、何度も手を休めながら作業をし、ようやく終わるころには3日が経過していました。

形見を分けられたこと、父を思い出すことができたことは、遺品整理した一番の収穫だったかもしれません。実家も無くなってしまうのかと寂しく思っていましたが、弟が住んでくれれば、懐かしい故郷に帰ることができます。彼なりに気を使ったのでしょう。弟に感謝したいと思います。

八王子市で友人の遺品整理をした方の感想

人間は一人で生まれ、一人で死んでいくという言葉を耳にしたことがあります。しかし、人は一人では生きていけないものです。家族や周りの人たちを支え、支えられながらでなければ、生涯を全うすることは叶わないでしょう。

先日、大切な友人が亡くなってしまいました。突然の出来事でとても困惑したのですが、彼は自分の死を予見していたようです。遺品整理を行っている最中に見つけたのだと、ご両親から私宛の彼からの手紙を渡していただきました。そこには私への感謝と、謝罪が書かれていました。

感謝するのも謝罪するのも、私のほうです。どうして彼を救ってあげられなかったのかと、自分を責める日が続きました。そんなとき、ご両親に彼の部屋へ来ないかとお誘いを受けました。遺品整理の途中なんだけれどと通された部屋には、私や彼の共通の友人たちが写る写真がたくさん置かれていました。

「遺品整理なんて、もっと先でもいいと思っていたの。でもあの子がこんなにたくさんの人に愛してもらっていたことを知れてよかった」と、彼のお母様は言いました。私も、その写真を見て涙が止まりませんでした。

私が彼にもらったものは、数えきれないくらいあります。しかし、私も少なからず、彼に何かをあげられていたのかもしれません。きっと私の人生は、まだ先があるのでしょう。できるだけ、たくさんの人と関わっていきたいと、彼の部屋を訪れて少しだけ前向きになれた気がします。

八王子市で行った母親の遺品整理についての感想

母が亡くなったとき、途方に暮れたのは彼女の部屋の片づけでした。家電製品を引き取るわけにもいかず、かといって全部ゴミとして処分するのはしのびない…。そんな風に悩んでいた時、ネットで遺品整理を行ってくれる業者があることを知りました。

ただ、不安はあったんです。私にとっては大切な母の思い出の品でも、業者の方にとってはただの物。あれもこれも処分されて、ぞんざいに扱われてしまうんだろうなと。でも、そんな不安はすぐに払しょくされました。

遺品整理とはただ不用品を処分するというわけでないということを、スタッフの方が理解してくれているのが、その仕事ぶりからうかがうことができました。母の大切にしていたものを丁寧に扱ってくれ、形見を手元に残すこともできました。きっと、自分一人では母の部屋を綺麗にすることはできなかったでしょう。

本当は、遺品整理というものは家族で行ってあげるべきなのかもしれません。しかし、大切な人を亡くしたばかりの状態では、故人の物に触れるのは心身ともに疲労を伴います。でも私は、業者に頼ってよかったと思っています。

母の形見をいくつか手元におくことで、思い出して悲しくなることもあります。でもそれ以上に、見守ってくれていると感じるのです。遺品整理は勇気のいることです。しかし、それを行うことで一つのけじめが付けられるのかもしれません。

八王子市で生前整理を行っていた母親の遺品整理に伴う感想

八王子市 秋の高尾山

命は限りがあるから美しいものだといいますが、やはり大切な人にはいつまでも元気でいてもらいたいものです。しかし、そんな願いは残念ながら叶わないこともあります。

先日、母が息を引き取りました。反発を繰り返し、たくさん迷惑をかけてきた母。子供が生まれて、親のありがたみに気づいたときには、もう余命が宣告された後でした。それからは、できる限りの親孝行をしたつもりです。これまでかけてきた負担に比べたら、ほんの少ししか恩は返せなかったかもしれませんが…。

母が亡くなってから驚いたのは、生前に葬儀の手配も遺品整理の手配も済ませていたことです。きっと、私は頼りない娘だったのでしょう。でも、きっとこれは母の私に対する愛情だったのだとも思います。遺品整理で見つかったのは、私と母にとっては孫にあたる娘への手紙でした。もう何度も読み、今では暗記してしまったくらいです。いつか娘も字が読めるようになったら、ばあばからの手紙を見せてあげようと思います。

また、父からもらったジュエリー類も、遺品整理を行ったスタッフの方に手渡されたのですが、それらは私ではなく娘あてでした。母は私が父に可愛がられていることに嫉妬していたような、可愛らしい女性だったのです。母には申し訳ないですが、父からの婚約指輪だけは、私がお守りに持たせてもらうことにしました。きっと、そんなことも母ならお見通しだったような気がしています。

母に会いたいと思います。その気持ちは少しずつ薄らいでいってしまうのかもしれません。泣きたい今は、好きなだけ泣こうと思います。

遺品整理は色々な思いがあって行うものです。

今回は八王子市で色々な遺品整理に伴う感想を募集しました。

その中で多くの人がご両親の生前の段取りや思いの多くがあふれる内容となっておりました。

これからまだまだ増えていくと思いますがこれから遺品整理を行う方については遺品整理を行った先輩たちの気持ちが伝わればと思います。

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